占いと言ったら何で中国?日本人の知ってるようで知らない中国占い!

中国の占いにはその時代に生きいた思想家の哲学が色濃く反映されてます。ここで最低限知っておかなければいけないことは、その時代を支え担うに必要な要素がその当時の当たる占いであったということです。今の時代では時代遅れとなる占いも数多くありますが、その根本にある哲学は「人間が生きる上で大切なこととは?」に集約されます。

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人が複雑な社会を作ったがゆえに占いは急速に発達を遂げた

  • 人が複雑な社会を作ったがゆえに占いは急速に発達を遂げた
元々、占いのルーツは自然への畏怖から起こっています。人間の知恵や力だけではどうすることもできない自然の驚異、例えば干ばつや洪水、地震や寒波など天災により人間がそれらから逃れる方法やまたはそうしたことに遭遇しない手立てとして、占いというツールにより精神的安定や共存協力意識を人類の中で育もうとしてきたのでしょう。何かを信じるという信心深くあることや、何事にも何かしらの秩序やルールを持つことで、予測の立たない事態に対して事前に心構えを持つということにより、人間の知恵や力だけでは計り知れない自然の驚異に対して、対抗する術を持とうとしたのでしょう。

そうした経緯から天文学や地理学、また人間学や心理学なども生まれたのだと思われますが、そうした科学的に体系化されたものは歴史的にはずっと後のこととなるでしょう。その当時は単に今を生き抜く知恵として何かを信じるとか、お互いに同じ考え方を共有し合うことで心の安定を図っていたのでしょう。そこに占いの原点があるのです。
しかしそれから人は人と生活を共にし、いつの日か社会活動を営むようになると、今度は人と人という関係性の中から悩みを持つようになりました。先導者や統治者が生まれ、そこを中心とした社会の中に秩序や規範が生まれ、それを人々は求める求めないに限らず、その支配と統治の中で生きることを強いられるようになりました。社会の秩序や規範が必ずしも人々の求めているものとは限らず、時には時代背景として戦国の世となり弱肉強食の時代だったかもしれませんし、または平安の世の中で刺激を求めて盗みを行ったり、噂を流して混乱に陥れたりと、何かにつけてその時代時代で不安材料は絶えなかったことと思われます。

そうした中で今度は戦いに勝つための必勝法であったり、誰かが流した噂について信憑性を量ってみたり、または命に関わる病に直面したりと、これらを解決する手段として、その時代時代で新しい占いの形や占い方が生まれていたのでしょう。

人は考え、将来を推測し、どこかに何かに安心や安定を求める意識があるからこそ、大多数の人の意見や行動に賛同したり、一人ではないことに安心を覚えたりするのでしょう。その心や思いなどの心情に安心材料を求めるべく占いは必要不可欠と言えます。言うなれば当たるかどうかではなく、士気を上げるため、ポテンシャルを上げるため、心を落ち着かせるために生まれたとも言えるのかもしれません。

「二つに一つ」世の中はその究極の問いに囲まれている

  • 「二つに一つ」世の中はその究極の問いに囲まれている
中国の思想で認知度の高いものは、何事も対比するものがあるからそのものが引き立ったり、存在することができるという理論で、いわゆる「陰陽論」や「陰陽思想」というものがその一つとされています。
具体的な例としては「善と悪」「男性と女性」「光と闇」「寒と暖」「精神と物体」など相対する二極が存在し、それは片方がもう一方を壊すとか倒すという関係性ではなく、どちらも存在することで成り立つ関係となります。一方が無くなるともう一方も存在し得ることができない関係性なので、二つからの選択ではあっても本質的には一つであるという考え方になります。

人は常に人生の中で些細なことも含めて「右か左か」「あるかないか」「するかしないか」を瞬時にあるいは考え抜いた末に選択しどちらかの道を歩んでいきます。それはどちらが正解かではなく、人生という本質の部分で言えば、どちらを選んだとしても、どちらにもその先の人生が約束されています。もしどちらかが圧倒的に良くて、どちらかが圧倒的に悪かったら、極論ですがもしどちらかが生きられて、どちらかが死ぬとしたら、占いで容易に答えを出すことはできないでしょう。
これはもはや精神論でもありますし、人生に対する哲学の部分にもなりますが、人として生きていく上で大切なことや重要なことは何か?について先人の思想家、需家の祖である孔子は人間愛と人間社会における規範を重んじており、親を敬うとか人の道を外れないようにという道徳について触れていますし、時代を後にして儒学者である孟子は、孔子の教えである人間愛(真心と思いやり)をどう行動に移すかという部分について、中庸(バランスを重んじる)であることを説いていました。また性善説という人は生まれながらにして善の心を持っていて、それが人生で色々な経験を経ていく中で、外的情報や刺激によってその善の心が揺るがされるという考え方で、常に学んで律しなければいけないという戒めも含まれています。

そして儒学者の荀子は孟子とは反対に、性悪説を展開し、人は生まれながらにして悪心という利己的な意識を持っており、それをその後の人生経験を経て善に向かうため精進と努力を積んでいくという考え方を説いており、孟子と同じように人生を通じて修練と勉強を怠ってはならないという教えという意味では同じなのですが、切り口が異なるという哲学を持っています。
また荘子は人が固有に持つ価値観であったり世俗的な物事に惑わされることが本来持つべく人らしさを欠いているという考え方で、人も元々は自然の中に共存し、自然から切り離して存在できないものであると説いています。
こうした先人の知恵は何が正しくて何が間違っているか?ではなく、その時代で必要不可欠だった、人が人として生きるための知恵であること、またこうした思想は占いの分野でも多くが活用されてはきましたが、その根本とするところの言わんとしているものは、「生まれた時点で頂いた環境や境遇が、たとえ恵まれていようとも耐え抜くことを強いられていたとしても、それを苦と感じるのも楽と感じるのも全てあなた次第である。ただ大事なことは人としての心根だけは決して汚すことのないように。」と伝えているのでしょう。
占いのルーツとなるところの根本に、吉凶であるとか神がかり的なものは微塵もなく、人が社会と関わることで生み出される悩みという種を、芽が出る前に摘んでしまいましょうというのが、元来の占いが求めるものなのではないかと感じられますね。
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  • 蓮 朋龍

    「生きる」ことの意味や意義について運命学の観点から紐解くことを生業としております。おおよそは実経験から感じたことや学んだことを記事とさせて頂いておりますので、どこか共感できる部分などがありましたら、ご自身の人生の糧とされますことを願っております。

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